2020年09月29日
失敗した集合写真【想い出アミーゴインサイドストーリー⑪】
現在、多くの現場ではマスクを着用しています。
屋外の現場も多いので、熱中症対策や酸欠にならないようスタッフの体調管理にも気を配りながら営業を行っています。マスクをつけていても楽しい雰囲気を作れるように笑顔・笑声でのサービスを心がけています。マスクでも伝わる笑顔をお届けします。

それでは、本日も全国各地のアミーゴと育む、想い出にまつわるインサイドストーリーをご紹介していきたいと思います。
「失敗した集合写真」
今から20年以上前、石川県加賀市にある温泉街での話です。
私は、当時、北陸支社で事務員をしていました。
ちょうどその頃、団体旅行から個人旅行へ世の中の旅行形態が変化していました。団体のお客様は、年々減少傾向していきました。
比例して売上も下降線をたどっていました。事務員だけの仕事ではダメだ!と思い、現場での仕事もしたいと上司にお願いをしました。もともと根性とやる気だけは人一倍ありましたので、事務の仕事から屋外を駆け回るカメラマンになることは少しも抵抗がありませんでした。
事務員 兼 カメラマンで、撮影依頼があると事務員の格好のままよく撮影に行っていました。当時は、ハイヒールにスカート姿のカメラマンが珍しかったのか、会社団体からたくさんの撮影依頼をいただくことが出来ました(笑)
しかしその頃は、新米カメラマンです。まだまだ未熟で、とんでもない失敗もありました。
35名程の会社団体を撮影した時のことです。
その撮影ポイントは道路のすぐそばにあり、お客様をアルミ製の撮影台に並べると道路に少し自分が出て脚立の上から撮影しないと綺麗な写真が撮れない絶景ポイントでした。
昔は、撮影中は車もストップしてくれたのです(笑)今では考えられない話です……。(撮影マナーは守りましょう)
車の往来を気にしながら脚立に乗って、一瞬のうちに撮影しなければなりません。
お客様も社員旅行で相当お酒も入っており上機嫌です。撮影に時間をとらせてお客様の活気が冷めてしまわないようにより時間をかけずに撮影しようと考えていました。
当時は、団体集合写真が綺麗に撮影できるようなデジタルカメラは、まだまだ普及していない時代です。歴代の上司が、何千カットと撮ったであろう年季の入った広角レンズをつけた6×9カメラで、撮影を行いました。

レンズをのぞくとファインダー内の表示線も消えかかっています。また夕方の撮影で薄暗さもあり若干の不安を抱えながら、しっかり手動でピントをあわせて撮影を行いました。
しかし会社に戻り、フイルムをカメラから取り出して現像したところ、二列目の男性のお客様の左肩から先が切れてしまっていたのです。しかも右手には楽しそうに日本酒の酒瓶を抱えてらっしゃる!
完全な失敗写真です。
翌朝、上司にも着いてきてもらい、団体の幹事様に謝罪に行きました。
出発前の旅館のロビーで旅行会社の添乗員と幹事様に私が撮影した写真を見ていただいて平謝りしました。そして次の立ち寄り場所で撮影をさせていただくことになりました。
お客様の協力もあり、次の撮影場所で無事撮影することが出来ました。撮影後、幹事様や他のお客様から旅館前で撮影した写真も販売して欲しいとリクエストがありましたので上司の許可をとって販売をしました。
すると失敗写真の方が、次々と売れるのです。お客様から「お姉さんが頑張って撮ってくれたこの写真の方が、みんながいい顔で写っているから…」とありがたいお言葉まで頂戴し、お酒を嬉しそうに抱えたお客様までその写真を購入してくれたのです。
その時の恥ずかしさや申し訳なさは今でも忘れることができません。
未熟な私の撮影でも記念にしていただけたことに感謝の気持ちでいっぱいでした。
今でも忘れることができないエピソードです。
絶対に失敗は許されないのですが、失敗から学ぶことは数知れません。
このような失敗を経験し、たくさんの努力を積み重ね、彼女は今では写真館のマネージャーになっています。
屋外の現場も多いので、熱中症対策や酸欠にならないようスタッフの体調管理にも気を配りながら営業を行っています。マスクをつけていても楽しい雰囲気を作れるように笑顔・笑声でのサービスを心がけています。マスクでも伝わる笑顔をお届けします。
それでは、本日も全国各地のアミーゴと育む、想い出にまつわるインサイドストーリーをご紹介していきたいと思います。
「失敗した集合写真」
今から20年以上前、石川県加賀市にある温泉街での話です。
私は、当時、北陸支社で事務員をしていました。
ちょうどその頃、団体旅行から個人旅行へ世の中の旅行形態が変化していました。団体のお客様は、年々減少傾向していきました。
比例して売上も下降線をたどっていました。事務員だけの仕事ではダメだ!と思い、現場での仕事もしたいと上司にお願いをしました。もともと根性とやる気だけは人一倍ありましたので、事務の仕事から屋外を駆け回るカメラマンになることは少しも抵抗がありませんでした。
事務員 兼 カメラマンで、撮影依頼があると事務員の格好のままよく撮影に行っていました。当時は、ハイヒールにスカート姿のカメラマンが珍しかったのか、会社団体からたくさんの撮影依頼をいただくことが出来ました(笑)
しかしその頃は、新米カメラマンです。まだまだ未熟で、とんでもない失敗もありました。
35名程の会社団体を撮影した時のことです。
その撮影ポイントは道路のすぐそばにあり、お客様をアルミ製の撮影台に並べると道路に少し自分が出て脚立の上から撮影しないと綺麗な写真が撮れない絶景ポイントでした。
昔は、撮影中は車もストップしてくれたのです(笑)今では考えられない話です……。(撮影マナーは守りましょう)
車の往来を気にしながら脚立に乗って、一瞬のうちに撮影しなければなりません。
お客様も社員旅行で相当お酒も入っており上機嫌です。撮影に時間をとらせてお客様の活気が冷めてしまわないようにより時間をかけずに撮影しようと考えていました。
当時は、団体集合写真が綺麗に撮影できるようなデジタルカメラは、まだまだ普及していない時代です。歴代の上司が、何千カットと撮ったであろう年季の入った広角レンズをつけた6×9カメラで、撮影を行いました。

レンズをのぞくとファインダー内の表示線も消えかかっています。また夕方の撮影で薄暗さもあり若干の不安を抱えながら、しっかり手動でピントをあわせて撮影を行いました。
しかし会社に戻り、フイルムをカメラから取り出して現像したところ、二列目の男性のお客様の左肩から先が切れてしまっていたのです。しかも右手には楽しそうに日本酒の酒瓶を抱えてらっしゃる!
完全な失敗写真です。
翌朝、上司にも着いてきてもらい、団体の幹事様に謝罪に行きました。
出発前の旅館のロビーで旅行会社の添乗員と幹事様に私が撮影した写真を見ていただいて平謝りしました。そして次の立ち寄り場所で撮影をさせていただくことになりました。
お客様の協力もあり、次の撮影場所で無事撮影することが出来ました。撮影後、幹事様や他のお客様から旅館前で撮影した写真も販売して欲しいとリクエストがありましたので上司の許可をとって販売をしました。
すると失敗写真の方が、次々と売れるのです。お客様から「お姉さんが頑張って撮ってくれたこの写真の方が、みんながいい顔で写っているから…」とありがたいお言葉まで頂戴し、お酒を嬉しそうに抱えたお客様までその写真を購入してくれたのです。
その時の恥ずかしさや申し訳なさは今でも忘れることができません。
未熟な私の撮影でも記念にしていただけたことに感謝の気持ちでいっぱいでした。
今でも忘れることができないエピソードです。
絶対に失敗は許されないのですが、失敗から学ぶことは数知れません。
このような失敗を経験し、たくさんの努力を積み重ね、彼女は今では写真館のマネージャーになっています。
記念写真を撮るということ【想い出アミーゴインサイドストーリー㊿】
勤務最終日の忘れられない想い出【想い出アミーゴインサイドストーリー㊾】
由布島のルイ君【想い出アミーゴインサイドストーリー㊽】
笑顔の想い出はいくつあってもいい【想い出アミーゴインサイドストーリー㊼】
日付がはいった夏の想い出【想い出アミーゴインサイドストーリー㊻】
仕上がりの早さも想い出のひとつ【想い出アミーゴインサイドストーリー㊺】
勤務最終日の忘れられない想い出【想い出アミーゴインサイドストーリー㊾】
由布島のルイ君【想い出アミーゴインサイドストーリー㊽】
笑顔の想い出はいくつあってもいい【想い出アミーゴインサイドストーリー㊼】
日付がはいった夏の想い出【想い出アミーゴインサイドストーリー㊻】
仕上がりの早さも想い出のひとつ【想い出アミーゴインサイドストーリー㊺】
Posted by
文教スタヂオ
at
08:42
│Comments(0)
│想い出アミーゴ インサイドストーリー